語らずにはいられないので、レビューしたい。
アニメ「ばらかもん」。ガンガン系の久々のヒット作だ。
内容が素晴らしいのはもちろんだが、この作品を最高の作品にしようと多くの人が全力を尽くしているのが伝わってくる。作品として「完璧」のレベルだと思う。
まず目を引くのが、子役に本物の子供の役者を採用していること。これが驚くほど役にはまっていることだ。ひた向き・元気・真っ直ぐさが全面に出ている。子供だからはまり役だったというだけではない。ウェブラジオで、なる役の子が「台本に振り仮名を振ったが、読み込み過ぎて消えてしまった」という裏話などが聞ける。これには素直に頭が下がる。
同様に、美和役の声優さんもこの作品で人気が出て良かったなと思えるレベル。長い下積みを経てようやく日の目を浴びた印象がある。アニメの舞台出身の方であり、他の声優の演技指導をしている。更に、訛りのあるキャラクターのセリフを全部この人が一度お手本としてアフレコしている。しかも子役からおじいちゃんおばあちゃんの役作りまでした上でだ。この声優さんに関してはウェブラジオを聞いて欲しい。天然系な人だが、その誠実さには心打たれる。
次にOP・ED曲。どちらも原作を読んだうえで作詞作曲されており、素晴らしいシナジーが生まれている。曲を聞いただけで、アニメを見ようと思った人がいてもおかしくないレベルだ。(ED曲の公式和訳歌詞はぜひ知っておいてほしい。PVを買った方がいいレベル)
次に原作者。にわか知識で申し訳ないが、この作品を書くまではあまり知名度は高くなかったようだ。元々、聖剣伝説の二次創作を連載していた方らしいが、そちらの評判はあまり良くなかったようだ。ガンガン系はゲームの二次創作を連載することでゲームの売り上げを伸ばすビジネスモデルを基軸としている。故郷を舞台にした読み切りを書いたことで一気に埋もれていた才能が開花したらしい。ガンガンパワ―ドで読み切りスタート。ガンガンONLINEで連載という不利をものともせず、読者の口コミと後押しを受けてアニメ化まで辿り着いたらしい。
最後に、本物の書道家の方と、ご当地の人々。現実の人々が盛り上げてくれたからこその作品となっている。そして、彼らを巻き込み、そして細部までこだわって作った、製作陣がすごい。構成も素晴らしい。
アニメから元気をもらえるほかに、この作品に関わる職業の人たちからも元気がもらえる作品。
2014年10月11日土曜日
2014年9月21日日曜日
映画レビュー「告白」
友人に勧められて見た作品。注目の超若手プロデューサーの作品という事もあり視聴に至った。
タイトルから恋愛モノやホラーといったものを想像していたが、予想を遥かに超えた作品だった。暗鬱な内容なのだが、構成・テーマがはっきりとしておりラストは清々しくさえある。映画の醍醐味である演出も練られており、良い意味で衝撃的な作品だった。監督が「見た人に様々な感情を呼び起こさせる、向き合わせる作品」と評していたが、まさにその通りだと思う。
内容についてだが、作品の冒頭は騒がしい中学校の教室から始まる。女教師が淡々と生徒に語りかけているが、誰も聞いていない。ただ、女教師が何か異常であることが分かってくる。そして彼女は淡々と「私の娘をこのクラスの生徒が殺した」という「告白」を始める。これだけでもショッキングな内容なのだが、これが何と冒頭30分で語り終わってしまう。そして、彼女が学校を去ると同時に、ようやく「告白」とタイトルが表示される。それから表示される「3か月後」というテロップ。そこから、テーマを更に掘り下げていくストーリーはまさに圧巻。人間が「見たくない」と無意識に蓋をしてしまうような所まで、まさに「向き合わせる」ような感じを受けた。
誰が悪いのか。悪意があるのか。何が正しいのか。犯罪者は加害者なのか被害者なのか。次第にそれが分からなくなってくる。ともすると、人は同情・共感できる側に肩を持ちがちだ。しかしながら作品は次から次へと共感できる相手を変えてくる。しかも被害者から加害者に変貌していく様を。それは悪意のバトンリレーのようですらある。凶行を起こす人間は誰もが普通の人間だ。そこには善も悪もなく、ただただささやかな幸福を欲しているだけである。
映画を見ていると段々と犯罪者側の感情に浸ってくる。凶行を起こすことが唯一の解決策に思えてくる。達成すればすべてから解放されるカタルシスを味わえる。クライマックスでそんな気持ちになりかけていたとき…、女教師のとった行動と発言が胸に深く刺さる。
この作品には「良い人間」は一人もいない。誰もが悪い方向に働く片棒を担っている。映画を見ると、もしかしたら現実の出来事ですら「誰が悪かったのだろう」「何が悪かったのだろう」と考えているかもしれない。しかし、この映画はそういったものをテーマにしていないので答えはない。
この映画が語りかけているものは「自分が悪であると自覚すること」ではないだろうか。この作品は主要な人物はさることながら、名のないクラスメイト達の行動でさえ頭から焼き付いて離れない。特にコミニカルに描かれた「寄せ書き」のシーンは後々ブローのように効いてくる。
タイトルから恋愛モノやホラーといったものを想像していたが、予想を遥かに超えた作品だった。暗鬱な内容なのだが、構成・テーマがはっきりとしておりラストは清々しくさえある。映画の醍醐味である演出も練られており、良い意味で衝撃的な作品だった。監督が「見た人に様々な感情を呼び起こさせる、向き合わせる作品」と評していたが、まさにその通りだと思う。
内容についてだが、作品の冒頭は騒がしい中学校の教室から始まる。女教師が淡々と生徒に語りかけているが、誰も聞いていない。ただ、女教師が何か異常であることが分かってくる。そして彼女は淡々と「私の娘をこのクラスの生徒が殺した」という「告白」を始める。これだけでもショッキングな内容なのだが、これが何と冒頭30分で語り終わってしまう。そして、彼女が学校を去ると同時に、ようやく「告白」とタイトルが表示される。それから表示される「3か月後」というテロップ。そこから、テーマを更に掘り下げていくストーリーはまさに圧巻。人間が「見たくない」と無意識に蓋をしてしまうような所まで、まさに「向き合わせる」ような感じを受けた。
誰が悪いのか。悪意があるのか。何が正しいのか。犯罪者は加害者なのか被害者なのか。次第にそれが分からなくなってくる。ともすると、人は同情・共感できる側に肩を持ちがちだ。しかしながら作品は次から次へと共感できる相手を変えてくる。しかも被害者から加害者に変貌していく様を。それは悪意のバトンリレーのようですらある。凶行を起こす人間は誰もが普通の人間だ。そこには善も悪もなく、ただただささやかな幸福を欲しているだけである。
映画を見ていると段々と犯罪者側の感情に浸ってくる。凶行を起こすことが唯一の解決策に思えてくる。達成すればすべてから解放されるカタルシスを味わえる。クライマックスでそんな気持ちになりかけていたとき…、女教師のとった行動と発言が胸に深く刺さる。
この作品には「良い人間」は一人もいない。誰もが悪い方向に働く片棒を担っている。映画を見ると、もしかしたら現実の出来事ですら「誰が悪かったのだろう」「何が悪かったのだろう」と考えているかもしれない。しかし、この映画はそういったものをテーマにしていないので答えはない。
この映画が語りかけているものは「自分が悪であると自覚すること」ではないだろうか。この作品は主要な人物はさることながら、名のないクラスメイト達の行動でさえ頭から焼き付いて離れない。特にコミニカルに描かれた「寄せ書き」のシーンは後々ブローのように効いてくる。
2014年9月1日月曜日
映画レビュー「最強の二人」
人の絆をリアルに描いた作品。
フランス映画と言えば、芸術的でお洒落だったり小難しかったりと、どこかお高くとまっていて文学者の嗜みのような垣根があった。しかし、この作品はフランス映画の良さを素直に感じることができる。世界を感動と笑いの渦に巻き込んだというだけあって、心から泣いて笑える作品に仕上がっている。個人的にハンディカムでの描写が気に入っており、映像に親しみが持てたのが良かった。
主人公のドリスはスラム育ちの黒人の男性。彼は職安で紹介された、富豪フィリップの介護の面接を受ける。しかし、職が得られるとは初めから思っていない。彼は失業手当をもらうため、就職活動の証明書にサインをしてさっさと不合格にしてくれと言う。
面接で受かる気のないドリスは、フィリップ達を相手にジョークを交えながら会話を進める。フィリップは、自分の事を障害者として扱わない態度を気に入り、ドリスを仮採用する。そこから物語は緩やかに優しく進み始める。
物語を通して、ドリスとフィリップが黒人や障害者というステレオタイプではないことが分かってくるのも印象的。ドリスは人並みの扱いを受けてこなかった分、人を見下すことや人間扱いしないことを嫌う良心の人だし、フィリップは元々はエネルギッシュな人だが障害者になったことで自信を喪失している事が分かる。(排泄物の介助を受ける立場になるのは辛い事だろう)
ドリスとフィリップが上手く噛み合うさまは、まさに最強の二人といったところだろう。
ドリスが屋敷で出会う人々との交流も印象的だ。ベテラン介護士のイヴォンヌはお堅いおばさんだが、物語が進むにつれて表情が豊かになっていく。フィリップの娘(養子)は母親が他界し、父親が全身麻痺とうい状態でまともな愛情が受けられずグレ始めているが、ドリスが来たことで徐々に問題が解決していく。娘のボーイフレンドはチャラ男だが、彼もまたドリスによって誠実な人間に変わっていく。
またドリス自身もフィリップの介護を経て、社会的に立ち直っていく。ドリスと母親について言葉は多く語られないが、彼らの親子の絆も描写から十分伝わってくるので、こちらも期待して見てほしい。
少々のネタバレを含むが、書かないと気付かずに見終わる人が居そうなので書いておきたいことがある。ラストシーンで出会うドリスはもう介護人ではない。フィリップとは主従関係ではなく対等なのだ。彼らのやり取りが、それまでのやり取りと異なる意味を持つことを気付くと、物語の奥深さを感じ入ることができる。
社会に揉まれるうちに失っていく感情を、ストレートに思い出させてくれる素晴らしい作品。
↓データのレンタルも出来るよう。私はiTunesでレンタルしました。値段が同じなので有効期限は再生してから48時間だと思います。レンタル屋を往復しなくて済むのが便利。
フランス映画と言えば、芸術的でお洒落だったり小難しかったりと、どこかお高くとまっていて文学者の嗜みのような垣根があった。しかし、この作品はフランス映画の良さを素直に感じることができる。世界を感動と笑いの渦に巻き込んだというだけあって、心から泣いて笑える作品に仕上がっている。個人的にハンディカムでの描写が気に入っており、映像に親しみが持てたのが良かった。
主人公のドリスはスラム育ちの黒人の男性。彼は職安で紹介された、富豪フィリップの介護の面接を受ける。しかし、職が得られるとは初めから思っていない。彼は失業手当をもらうため、就職活動の証明書にサインをしてさっさと不合格にしてくれと言う。
面接で受かる気のないドリスは、フィリップ達を相手にジョークを交えながら会話を進める。フィリップは、自分の事を障害者として扱わない態度を気に入り、ドリスを仮採用する。そこから物語は緩やかに優しく進み始める。
物語を通して、ドリスとフィリップが黒人や障害者というステレオタイプではないことが分かってくるのも印象的。ドリスは人並みの扱いを受けてこなかった分、人を見下すことや人間扱いしないことを嫌う良心の人だし、フィリップは元々はエネルギッシュな人だが障害者になったことで自信を喪失している事が分かる。(排泄物の介助を受ける立場になるのは辛い事だろう)
ドリスとフィリップが上手く噛み合うさまは、まさに最強の二人といったところだろう。
ドリスが屋敷で出会う人々との交流も印象的だ。ベテラン介護士のイヴォンヌはお堅いおばさんだが、物語が進むにつれて表情が豊かになっていく。フィリップの娘(養子)は母親が他界し、父親が全身麻痺とうい状態でまともな愛情が受けられずグレ始めているが、ドリスが来たことで徐々に問題が解決していく。娘のボーイフレンドはチャラ男だが、彼もまたドリスによって誠実な人間に変わっていく。
またドリス自身もフィリップの介護を経て、社会的に立ち直っていく。ドリスと母親について言葉は多く語られないが、彼らの親子の絆も描写から十分伝わってくるので、こちらも期待して見てほしい。
少々のネタバレを含むが、書かないと気付かずに見終わる人が居そうなので書いておきたいことがある。ラストシーンで出会うドリスはもう介護人ではない。フィリップとは主従関係ではなく対等なのだ。彼らのやり取りが、それまでのやり取りと異なる意味を持つことを気付くと、物語の奥深さを感じ入ることができる。
社会に揉まれるうちに失っていく感情を、ストレートに思い出させてくれる素晴らしい作品。
↓データのレンタルも出来るよう。私はiTunesでレンタルしました。値段が同じなので有効期限は再生してから48時間だと思います。レンタル屋を往復しなくて済むのが便利。
2014年8月17日日曜日
映画レビュー 『風立ちぬ』
レビュー
『風立ちぬ』
「生きねば」、まさにそう思わせてくれる作品。戦争に突入する日本を舞台に、辛い時代を力強く生きた人々の姿を描いている。貧困、戦争、兵器開発…、暗く重たいテーマなのに、それらは全てメタファーに押し込まれており、爽やかで悲しい作品に仕上がっている。
主人公の生い立ちや日本の移り変わりなど、かなり複雑な話を駆け足で表現しているのだが、それがすんなりと入ってくるのは流石と言ったところ。
主人公は航空技師の堀越二郎。実在した人物だが、オリジナル要素が盛り込まれている。声優にはアニメーション監督の庵野秀明という異例の起用しているのだが、これがかえって激動の日本を俯瞰的に見ているような感覚を与えてくれている。尚、かなりのヘビースモーカーである様子が描かれており、喫煙描写を巡って論争が起きた。タイトルになっている「風立ちぬ」はの”ぬ”は、否定ではなく完了であり「風が立った」を意味している。「風立ちぬ いざ生きめやも」は元はフランスの詞の一節。英訳すると「The wind is rising: we must endeavor to live.」であり、邦訳は誤りとされている。作品でも本来の意味で使われているようで、「風が立った、さぁ私も行かなければ」という印象を持った。
さて映画だが、文字の世界ではなく映像の世界であるため、視覚表現がいかんとなく発揮されている。映像を通して人々の生活感をリアルに感じられる。また夢を用いた描写とストーリー展開が面白いので、ぜひ映像を見てほしい。
ぽにょに見られたポンポン船、火垂るの墓やコクリコ坂で見られた昔の日本、ナウシカや紅の豚で見られた戦闘機など、今までの作品で描かれたものの集大成に思える。宮崎駿の才能と世界観を再確認することができる。
子供の頃の憧れやひた向きな気持ちを素直に思い出させてくれる。自分の命は有限であり、出会いも有限であり、無駄にしてよいものじゃない。そう思わせてくれる作品。見終わった後には、自分の人生を振り返りたくなり、そして「生きねば」と思わせてくれる。
『風立ちぬ』
「生きねば」、まさにそう思わせてくれる作品。戦争に突入する日本を舞台に、辛い時代を力強く生きた人々の姿を描いている。貧困、戦争、兵器開発…、暗く重たいテーマなのに、それらは全てメタファーに押し込まれており、爽やかで悲しい作品に仕上がっている。
主人公の生い立ちや日本の移り変わりなど、かなり複雑な話を駆け足で表現しているのだが、それがすんなりと入ってくるのは流石と言ったところ。
主人公は航空技師の堀越二郎。実在した人物だが、オリジナル要素が盛り込まれている。声優にはアニメーション監督の庵野秀明という異例の起用しているのだが、これがかえって激動の日本を俯瞰的に見ているような感覚を与えてくれている。尚、かなりのヘビースモーカーである様子が描かれており、喫煙描写を巡って論争が起きた。タイトルになっている「風立ちぬ」はの”ぬ”は、否定ではなく完了であり「風が立った」を意味している。「風立ちぬ いざ生きめやも」は元はフランスの詞の一節。英訳すると「The wind is rising: we must endeavor to live.」であり、邦訳は誤りとされている。作品でも本来の意味で使われているようで、「風が立った、さぁ私も行かなければ」という印象を持った。
さて映画だが、文字の世界ではなく映像の世界であるため、視覚表現がいかんとなく発揮されている。映像を通して人々の生活感をリアルに感じられる。また夢を用いた描写とストーリー展開が面白いので、ぜひ映像を見てほしい。
ぽにょに見られたポンポン船、火垂るの墓やコクリコ坂で見られた昔の日本、ナウシカや紅の豚で見られた戦闘機など、今までの作品で描かれたものの集大成に思える。宮崎駿の才能と世界観を再確認することができる。
子供の頃の憧れやひた向きな気持ちを素直に思い出させてくれる。自分の命は有限であり、出会いも有限であり、無駄にしてよいものじゃない。そう思わせてくれる作品。見終わった後には、自分の人生を振り返りたくなり、そして「生きねば」と思わせてくれる。
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